沈黙する彫像(アリアドネ)
分類:随筆
年齢制限:なし
例えば、ここに50枚の原稿用紙があるとする。何を書けばいいのか? 実際、何もないのだ。色々なものがまわりにあるのかもしれないが、それを書くには、大きなものを失くしてしまったような気がする。完璧な文章を書く必要はないが、少なくとも自分の感じたものを言い表わしていなければならない。言い表わすものがないとすれば、やはり大きなものを失ってしまったとしか言えない。
沈黙する彫像(アリアドネ)というキリコの作品がある。画面の左斜め半分に横たわる彫像が描かれている。その彫像はどこかの宮殿に置き忘れられたかのように横たわっている。右奥には赤い塔が立っている。明かりはその右、画面の外から注いでいる。赤い塔はそれを受けているが、彫像は建物の影の中にひっそりと眠っている。空も陸も暗色で、地平線のあたりだけ青味がかったグリーンで描かれている。画面の中で光のあたっているのは、赤い塔とその周りだけだ。彫像は左腕を頭の上へ回し、右手は倒れる体を支えようとするかのように伸びている。風は右側から吹いていて、塔の上に立った旗は左へ流れている。
静と動、明と暗、そういった作品だ。